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shio

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社会人、
ペット:チワワ、スコティッシュ
趣味:事典集め
×お酒 ×タバコ ○甘い物
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亡霊
里沙は亡霊に悩まされていた。
とりついて離れない見えない存在は、かれこれ3年が経っている。


粘ついたアナタの声を弾き返すことが出来ない、深夜の地下道。
私の靴音とアナタの鼓動が
嫌な感じに合わさって、
途中壁のひび割れから、
煙のように
不安がたちこめ、
私は居ても立っても居られなくなり、
振り返ってまで、アナタの気配を探す。

アナタはそんな私を
遠くから高らかに笑い、
そして「愛しているよ…」
と生温かな吐息混じりの声で
今夜も呪詛を吐く。

どうか私を見逃して……。
どうか私を……。


休日、マンションの自室で、
眠りに誘われるまま、
独りベッドに寝そべっていると、
やはりまたアナタの声がする。
「里沙…愛しているよ…お前だけだ……」

温もりすら感じてしまいそうな、悪寒。
いないはずなのに、
気配を感じてしまう……。
…怖い……。


「里沙…里沙は寂しい?
もうすぐ戻るよ……やっと里沙の隣りに……」
その日も亡霊の声を聞いた。
里沙の右手は、隣りにいた健太が握っている。
ふたりの手には、プラチナのメッセージリングが光っている。
「ヒサト帰ってくるって……」
「え、マジ? いつ?」
「5月だって」
「5月って、5月のいつよ?」
「そんなの知らないわよ」
「どーすんだよ、まだ何にも話してないんだろ?」
「そーよ。だって事後報告にしちゃおうって、健太が言ったんじゃない」
「………」
「ねえ、どーするの…ねぇ……ちょっと、健……」
携帯の着信音が鳴った。
遂先程切ったばかりのヒサトからだ。
「どーしよ、またヒサトだよ」
「で、出ろよ…取り敢えず、」
「えー…だってー…」
「大丈夫だって、バレてないんだから」
「う…うん」
渋々出てみると
「里沙? さっき言い忘れちゃんたんだけどさ。
 俺、お袋に頼んで結婚式場押さえといたから」
「え?!」
「5月だよ。戻って直ぐに結婚しよう。
勝手に決めて悪いと思ったけどさ、
戻れるって思ったら、もう我慢出来無くって。
だから、来週からは土日にはそっちに戻ることにして、
細々したことはその時打ち合わせて……
……里沙? 聞いてる?」
「え、あ…うん……聞いてる…」
「驚いた?」
「う、うん…ちょっと…」
「だろ? でもさ俺はもっと驚いたことがあったんだよ。
アドバイザーの人に聞いたんだけど、
当日、里沙と同姓同名の女性も結婚するらしいんだ。
凄い偶然だろ?
だから俺、じゃあ相手の男の名前も私と同じですか?って言ったんだよ。
そしたら、あちらは錦戸さんですって言われてさ。
俺の会社の後輩にも錦戸っているじゃない、だから特別に聞いてみたんだけど、
それが相手の男の方の名前、俺の知ってる錦戸と同性同名なんだよな。
もうすっげー偶然。
覚えてるかなぁ…錦戸健太って奴。
一度俺の家に里沙が居た時、遊びに来たことがあっただろ。
ほら、俺が酔っぱらって先に潰れちゃった夜……」

そう、その夜に里沙と健太は結ばれたのだった。

一昨々年は仙台、一昨年は福岡、そして去年からは大阪と
ヒサトは転勤が続いていた。
もう東京には戻ってこない……
里沙と健太は、そう信じて疑わなかった。
社内での噂もあったが、多分にふたりの希望がそう思わせていた。

3年の時を隔てて、
この春 里沙と健太の前に、亡霊は復活する。




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夢路(short-short) | 18:38:38 | Trackback(0) | Comments(5)
ケータイ
『ヒトミ…ヒトミっ……ヒトミっ!…』
まただ、また21:46
この時間になると携帯が鳴って、
そしてお姉ちゃんの声が聞こえてくる。

「お姉ちゃんっ、変なイタズラするのもう止めてよ!」
そう怒鳴ったこともあった。
でも違うらしい。
それにしても何だって毎日この時間になると掛かってくるのか、
しかも内容まで一緒だ。

大好きな歌手の着うたフルで、ケータイが鳴る。
表示を確認すると、
やはり21:46
「もしもし…」
『ヒトミ?……ヒトミ、ヒトミっ……ヒトミっ!…』

お姉ちゃんに何かあるのかな……。
もしかその時間にお姉ちゃんに何かが起こったりしたら、たいへんだ。
注意するように言わなくちゃ。
でも…私に何かが起こるの……?
怖いよ……。


「母さん、母さん…大丈夫?」
「ああマナミっ……」
ベッドで泣き崩れる母を長女のマナミが抱きしめている。
「ヒトミが…ヒトミがっ……」
「うん…うん……ね、母さん…分かるから……分かるよ…でも母さんが倒れちゃったりしたら
ヒトミも悲しむよ……」
「ヒトミがぁー…マナミ、マナミ…ヒトミがぁー……」
あれからもう3ヶ月も経つというのに、母は次女ヒトミの死を受け入れられずにいる。
薬剤の力を借りても、眠りが浅くなると飛び起きて、
泣き叫び出すのだ。

塾帰り、駅前の交差点で赤信号であるのに
携帯に気を取られて、飛び出してしまったヒトミ。
ほぼ即死の状態であった。
携帯でマナミと話している最中の出来事である。

「あ、まただ……またお姉ちゃんからだ……」
『ヒトミ?……ヒトミ、ヒトミっ……ヒトミっ!』
「もうヤダヨ……なんで毎日鳴るのっ……もう止めてよ……」
今もヒトミは、塾から家へ帰ろうとしている。




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夢路(short-short) | 22:21:47 | Trackback(0) | Comments(2)
狐と夢
ライブを見た後外に出ると、
辺りは真っ暗で空気が冷たかった。
騒ぎながら帰ってゆく人を見ても、
私は帰りたくない……。

泊まり歩くのも、頻繁すぎると嫌われるし、 
出待ちを装って、時間を潰しても
嫌いじゃないって程度のバンドと友人。
だからここも居場所じゃない。

新宿~×××間、深夜バス
通りがかりに、乗ってみる。

静かで、無関係で、となりの親父は酒臭い。

"帰る"のじゃなく、"行く"ということに、
少しだけ悦に入った。


バスが高速に乗った。
規則正しく街灯の過ぎてゆくほどに
皆の寝息がシンクロしてゆくが、
私は横目で街灯を流していく。
ipodで聞いているいつもの曲が、
思い出になるような予感がした。

涙が出てきた。

私は悲しくない。
悩んでなんかいない。

なら、なんだって涙は出てくるんだろう…。

誰かに頭を無性に撫でて貰いたい。
でも私は独り。
深夜バスになんか乗っていたら、
誰かにぎゅっとして貰いたくても、相手はいない。
だから代わりに、
私は携帯をぎゅっと握りしめる。

私が悲しいのは、
きっと私も含めた誰もが、私の悲しみに気づけないからだ。

この先どうしよう、
次の街に着く前に夢を叶えなきゃ、ダメになっちゃうよ。
死んじゃうよ……。

バスの常客は皆、白狐。
親父や若い男も、みんな白狐。

白狐が皆こちらを見ている。
夜景を映す黒い窓ガラスに、私は食事をしている自分を映した。

べったり口紅を塗った口を大きく開けて、
際どく甘い、ドーナツを頬張る。
次から次へと囓ってゆくと、
ドーナツのくずが散乱して、唇の端には生クリームがついてしまった。

もう直次の街に着いちゃう、
次の街に着く前に夢を叶えなきゃ、ダメになっちゃうよ。
死んじゃうよ……。

……夢? 
夢なんてあったっけ?
あれは夢ではなくて、捨てたもの。
粗大ゴミ?分別ゴミ?
何曜日に出すんだっけ、それともお金取られるのかな。

もうじき街に着くよ。
夢はどうするの?
捨てるの?
持ったままでいくの?

コチラを見ていた白狐が
皆吹いて、横を向く。

私、笑われてるんだ……。

悲しくなった。
誰かハンカチを頂戴。
でも誰もいないから、
携帯を持った手の甲で拭う。

"もう直だね" "もう直だね"
"もう直だね" "もう直だね"

狐の盆踊り、もう直だね……。

目を合わすな、ベロを出せ、
唾を吐きかけろ、
弱みを見せるな!

夢…あったっけ、そんなの。
しーっ!
狐に聞かせるな!
しーーーっ……

次の駅で、
私はもしかすると狐になるかも知れない。
ならないかも知れない……。




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夢路(short-short) | 09:21:08 | Trackback(0) | Comments(0)
良く晴れた風のない夏の日。
住宅街にある公園の日溜まり。
幼児服を着た1,2才ぐらいの子供を連れた若い男女がいた。
子供はようやく1,2歩歩けるようになったらしく、
ふらふらと立っているのか歩いているのか、よろけているのかも分からない足取りで、
それでも、生きていることが何よりの喜びであると言いたげに、屈託なく笑っていた。
その隣りで母親も笑い、そして父親もまた誇らしげに笑う。
ちいさな腕をぶんぶん振りながら、幼児はなお満面の笑みを放つ。
家族にとって最高に幸せなひとときだ。

その幼児の足の下…
彼女の柔らかな足の下には、
踏みにじられて、今正に仲間の前で息を引き取らんとする蟻がいた。
食料を運んでいる最中の事だった。
この役目に選ばれて、まだ3日と経っていない。
瀕死の重傷をおいながらも、
大切な食料を最後まで巣へ運ぼうと、
彼は懸命に起き上がろうと試みる。
仲間はそれを手伝おうとするが、
いよいよもう見込みのないことを知り、
再び自分たちの仕事へ戻ろうとしたその時、
皆の耳に巨大な虫の羽音が届いた。

ぶーーーーーん……
空を見上げると、光る大きな虫。
虫の腹が皆の目にもよく見えた。
その光る虫が卵を生み落とす。

辺りは一瞬にして閃光に包まれてゆく。
そして世界は一変。

血と火と苦しみと恐怖の狂瀾
灰になったものの側で、
泣く間もなく、
命が死と背中合わせになってゆく。

泣き叫ぶ老若男女。
犬も猫も人も何もかもが水を求めて、
助けを求めている。


空の彼方、雲に隠れて
虫は、今も音を立てながら跳び続けている。




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夢路(short-short) | 23:52:03 | Trackback(0) | Comments(0)
赤い月
それはただの夢かも知れない。
けれどこれまで幾度か夢の中で先見や遠見をしてきた私の夢だ。
真実であるという可能性は最後まで消せない。


その世界での私は、浮遊した見えない存在となり、
まるで幽霊のように、ただの傍観者としてそこに在った。

その地がこの地球であったかは定かでないし
私がいつからそこに在ったのかも、自分ですら判らない。
ただ寂寥たる眺めに、
私が胸を痛めていたことだけが事実でなのある。


何かの施設だったのだろうか、
全体がクリーンルームとなっている、
外に面した壁面がすべてガラス張りの建物があった。
私はそのガラス壁に面した細長い廊下を、
人の腰ほどの高さに浮遊しつつ進んでゆく。

ガラスの向こうには、
全てを呑み込みそうなほどの闇が広がっていて、
その中でピラミッドが、ただ1基だけ照明に照らし出され、
それはまるで赤い月のようだった。

私は廊下の途中で壁をすり抜け、
ひとつの部屋へ入ってみる。
そこには若い男女がいた。
彼らの服装は、
ややごわついた麻のような布を、
多めにドレープをとって巻き付けたものだ。
古代ローマの物にも似ているが、それよりは布の分量が少なく、
中東の今の服装にも似て見えなくもないが、
男女ともに白だったので、その可能性はない。

部屋は壁も床も、人工大理石のような素材が使われていた。
床には、縦1.5㍍×横1㍍弱×深さ0.5㍍ほどの長方体に掘られた部分があり、
そこへ何か黒っぽい石を彫って作ったような胸像が、
やや斜めに上向けに寝かせるようにして埋め込まれてあった。
胸像の表面には、過去に外で放置されていたかのような痕もあり、
私は最初、彼らがそれを古美術品として愛でているのかとも思ったのだが、
突如女の方が、その胸像の前で泣き崩れてしまったのだ。
それで印象は一変した。
彼らはまるで墓石の前にいるようなのだった。

女がさめざめと泣いている傍らで、
男は立ったままやはり胸像を眺めていた。
まるで友の葬儀に参列してでもいるかのような悲痛な表情に、
私の気持ちはそこでぐっと彼らへと向かっていってしまった。

何を泣いていたのか。
完全に守られた環境の中で、二人には何処か絶望的に閉塞した共通の空気があった。
泣きながら、佇みながら、
共に明日の(未来の)自分たちを憂えているようにも見えた。

彼らには決して存在を知られることのない私は、
浮遊しただけの己の存在が悔やまれて、
ただ彼らに幸あれ…と切に祈った。

そうして無力であることを実感しながらその部屋を出、
私はまたその施設の中をひとり浮遊し続けるのだった。




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夢路(short-short) | 20:26:00 | Trackback(0) | Comments(2)
禁じられた恋
ふたりは初めて出会った時から、互いに惹かれ合った。
こんなにも人を熱く想えるなんて、人生とはなんと素晴らしいのだろう。
互いが互いを思いやり、今まで味わったことのない安らぎを感じ、
この世に存在するすべてのもに感謝した。
世界中の"幸せ"を
自分たちが独占してしまっているとさえ思えていた。

結婚を決意したふたりは、互いを家族に引き合わせる。
まずは男の家へ。次に女の家へ。
男の家族は、娘を大層気に入った。
何と愛らしく気だてのよい娘さんだろう。
よくぞこんなに素敵なお嬢さんと出会えたものだなと、皆で喜び合った。
だが団らんは長くは続かない。
「紀子さんは、たしか×××町でしたか」
「はい。あ、でも両親は以前××町に居たそうです。
 私が生まれて直ぐに引っ越したって言ってました」
「……お父さんの名は?」
「浩史です」
「外村、浩史さん…?」
「はい、え…もしかして父をご存知でしたか?」
「どのような字を書くんだね?」
「外の村、名前はさんずいに告白の告、それに歴史の史です」
「それで、お父さんは何をなさっている方なのかな…」
「内科医です。開業医をやっています」
男の両親は蒼白となる。
実は自分たちは生まれたての女児を養子に出していた。
事業に失敗して、長男を食べさせるのにも困っていた所へ、
産婆の口伝てで、内科医の夫婦へと養子縁組させたのだった。
おそらくその時の赤子が、この娘なのだろう。

翌日男の両親は娘の親を訪ねた。
そこには確かに知った顔があった。意図せずして約20年ぶりの再会である。
2組の両親とて、複雑な思いがあった。
よくぞ立派に育ててくれた…生みの親は感謝している。
だが、かくして杞憂は現実となったのだ。
2組の両親が取るべき道は、たった一つしかない。

互いの両親はふたりを呼び、事実を告げた。
お前たちは血を分けた兄妹であるから、結婚は許されないのだと。
そしてお互いのために、明日からは金輪際2度と会うのは止めなさいとも言った。


離れては生きる気がしない、そう思えたふたりは入水自殺を遂げた。
葬儀は別々に執り行われ、
男の方の葬儀は、終始誰もが無言だった。
これまでにも苦労をしてきた両親の、今の衰弱しきった様子。
そしてそれにも増して、
真面目で実直、親孝行だった男の苦しい恋の結末を思えば、
誰もが何も言えないのだった。

男の家には、葬儀の際一族で集合写真を撮る習わしがあった。
その日も1枚の写真を撮った。
そこには、居るはずのない娘、紀子の顔が大きく映っていた。




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不思議な出来事/実話(short-short) | 18:21:01 | Trackback(0) | Comments(4)
お山のむこう 最終話
……ゃん、ちぃちゃん……ちぃちゃん…」
誰かにおこされて、ちぃは漸く目を覚ます。
何処にいるのだか、どうしてここにいるのだかも寝ぼけて容易には思い出せない。
そうだ、「兄ちゃんは?」
「奥にいるよ。ご馳走があるから、ちぃちゃんもおいで」
ちぃを起こしてくれたのは、黒い絽の着物を着た若い男だった。
ちぃは男の顔を凝視する。
母さんよりも、村のどの女よりも男の顔は美しい。
男は大きな沓脱石(くつぬぎいし)を指さして、にこりともせずに言う。
「さあ、おいで。でもその前に、まずはそこで草鞋をお脱ぎなさい」

松の木の襖、その奥へと通されると、
上座には、大きな体躯をした風格のある壮年の男が座っていた。
ちぃはまた顔をじっと見てしまっている。
目の前の男は美しいというのわけではないが、やはり人を惹きつける雰囲気がある。
何処の村にもいない、初めて見た変な顔。だが、不思議とちぃは怖くないし嫌いじゃない。
「ちぃちゃんは、本当にいい子だねぇ。さあ、たんとお上がり」
深く温かな壮年の男の声に、ちぃはすっかり緊張を解いた。
目にするのも口にするのも初めての物ばかり。
「美味しいかい?」
「うん」
ちぃは母さんにも食べさせてやりたいと思う。こんなご馳走だもの病気だって治るに違いない。
「本当に、いい子だねぇ…」
大きな男は目を細めると、改めて言った。
すると若い男の方が、ちぃの顔を覗き込む。
「ちぃちゃん、お腹いっぱいになったら、ひとつ手伝いを頼めるかな?」
「うん、いいよ」
ちぃは満面の笑みで答えた。


正太は風に舞い、舞い上がってゆくうちに、夜の闇へと紛れていた。
寒く、強風の吹き荒れる上空では、地上の灯りが愛しく見える。
このままでは空しくなってしまう。なんとか下に戻れないものか……。

一方ちぃは薪運びを手伝っていた。
先程は眠った振りをして見ていなかった篝火に、やはり沢山の蛾が集まってきている。
「怖い…」
燃えてゆく蛾を、落ちてもがきまわる蛾を見て、ちぃの足はすっか竦み上がっていた。
後ろから両手に薪を抱えて来た若い男は、ちぃのすぐ側まで来てから薪を降ろして言う。
「ちぃちゃんは、蛾がどうして蛾になるのか知っているかい?」
「寂しく死んだ人がなるの…」
「うん、合っていると言いたい所だが、少し違っている。
寂しく死ぬのではなくて、心の寂しい人の魂が蛾に入ってゆくのだよ。
神様や仏様を大事に思えない人のことだよ…」

ちぃが地蔵様に手を合わせていた間、正太は祈るどころか軽んじて一瞥しただけであった。

絽の着物をしゅっと音立て、男が空の闇へと手を差し伸べる。
「ほら、御覧!」
声は闇を切り裂いた。
篝火の夕日のように赤い炎が、白皙の男の笑顔を照らし出す。
何をそんなに嬉しいのだろう…火の粉が夢のように、闇を踊る。
そうして差し伸べている手の先に、
闇の彼方から一匹の蛾が、火の粉に鱗粉を混ぜてゆくように、舞い降りてくる。
「あ、兄ちゃんっ…」
「……ふむ、ちぃちゃんには分かるのだね……ならばこれから先はお館様の御子におなり」
ちぃが運んだ薪が焼(く)べられる。
すると火の粉が空一面に広がり、若い男もちぃも蛾も、すべてが橙色に染まっていった。
蛾は巻き起こる風に翻弄され、一度舞い上がってゆくかに見えたが、
直ぐに、死出の舞を舞うのだった。


翌週、行方不明になってい兄妹の、兄の遺体が見つかった。
お山の頂上の、中でも一番高い松の老木の天辺に、引っかかっていたそうである。
その後村では、松の木の天辺に烏が立つのを見ると、
誰かの死出の旅を知らせているのだと言うようになった。
妹の亡骸は、八方探したが、ついに最後まで見つからなかった。<終>




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お山のむこう(全8話) | 21:26:21 | Trackback(0) | Comments(2)
お山のむこう 第七話
おぼろげに聞こえる、節を付けて繰り返す言葉。
その幾度目かに、正太の耳の中に誰かの吐息が入ってきた。
耳のすぐ近くで囁くから、今度こそはっきりと聞き取れる。
「白糸滝のおミツさん、朝を待たずにお亡くなりぃ~…白糸滝のおミツさん、朝を……」
その言葉を耳にするなり、正太の頭には血が上って、
声を限りに叫ぶ。
「すいませーん…誰かーっ…誰かいませんかぁーっ…」
声には自然怒気がこもる。
自分がまだ子供であることも忘れ、
姿の見えない相手を、とっつかまえてぶん殴ってやろうという気になる。
草鞋を脱ぐのも忘れて式台の上に片足を載せると、
背中のちぃが身動いだ。
「んー…」
ちいは、いつのまにか本当に眠っていたのだ。
今度は振り落とさないよう気をつけても、
やはり正太が動くと、ちぃはむずがる。
正太は仕方なくちぃを背中からそっと降ろすと、
式台に寝かせてやった。
するとまた
「白糸滝のおミツさん、朝を待たずにお亡くなり~…」
不気味に笑い、自分をからかう姿無き声に、正太は向きになってゆく。
「誰だっ、出てこい! 人をからかって何が楽しいんだっ」
「おいでよ、おいで……正太よ、おいで…」
相手が何故自分の事を知っているのかなどと、考える余裕もない。
声のする方へ正太は走り出す。
廊下の角を曲がり、そしてまた真っ直ぐゆく。
すると行き止まり、目前で松の大木の絵が描かれた襖が、
すうっと開いてゆく。

なかは闇。
屋内とは思えぬ冷気に、正太はぶるっと身震いをする。
それでも怯まず声を追いかけるが、
その勇気が命取りになる。
「正太、おいで」
不思議と怖くはない。温かな威厳のある声だ。
正太が一歩前へ出ると、一陣の風が俄に起こり、正太の身体は宙に浮く。
風にのり、舞って、舞い上がって、昇ってゆく。




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お山のむこう(全8話) | 22:40:11 | Trackback(0) | Comments(0)
私の実家には不思議なことが度々起こります。
今日はその中のひとつ、
トイレから聞こえる気味の悪い音についてお話ししようと思います。

時折なんですが、トイレからおかしな音がする。
ある時はコンコンコン…
調度ドアをノックしたような音。
またコツッと1回だけ鳴る時もあれば、要は決まりがなく千差万別。
その時は、
調度家族の者が使用しておりました。
私は廊下を挟んだリビングで、読書をしていたと記憶しています。

いきなりバリバリバリ…ガリガリガリ…
まるで壁板を剥いでいるような音と、爪を立てているような音が
トイレから聞こえてきました。
そしてその直後、今度は二階の廊下から階段へと
思い切り乱暴な足音がドスドスドスと響いた。

何事かと廊下に出ますと、
トイレに入っていた者も同じように怯えた顔をして飛び出してきた。
泥棒かとも思い、家中をチェックしたりもしましたが、
結局この日は、誰にも音の正体はわからなかった。

その前の日には
家の至る所で、甘い匂いが出現していました。
何処となく匂うのではなくて、
「ここ!」と言えるように、匂いは1箇所に固まっている感じです。

もともとおかしな事が起こる家でしたが、
この時ばかりは音が音だけに嫌な感じがしました。

その真相が明らかになったのは、
2日後に掛かってきた1本の電話に拠って。
電話の相手は不動産屋で、
私の両親が営んでいるアパートの住人が
病院で急死したとの事。

その方が倒れられた時、
私たち家族は全員出払っており、
連絡が取れなかったらしい。

亡くなった方は、元芸人の独り住まいの男性。
ご病気で足が不自由になり、
松葉杖をついておられた。
母はよく食事を余計に作っては、
持っていってあげたりしていたのですが、
友人らしい友人もおらず
寂しい余生を送られていたようです。

バリバリと音がした時が、その方の死亡時刻です。

あの音は何だったのでしょう。そしてあの香りは…?
その後も時折音がすることはありますが、
やはり決まって、知人や親戚の者が亡くなる時なのです。




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不思議な出来事/実話(short-short) | 08:50:00 | Trackback(0) | Comments(0)
お山のむこう 第六話
篝火(かがりび)に蛾(ガ)が集まってきていた。
炎に身を焼かれ、
めらめらと燃えては落ち、
そしてまた次の蛾が競うようにして寄ってくる。

正太はそれを見ながら、母さんの言葉を思い出した。
『正ちゃん、気持ち悪くても蛾は殺しちゃいけないよ。
蛾はね、寂しく死んだ人の魂が宿っているの』

山の蛾は大きな蛾だ。ゆうに正太の顔ぐらいの大きさはある。
羽の模様が目のようにも見え、ますます母さんの話と重なった。
玄関へと歩を進め、
篝火の前に差し掛かる度身震いがして、
背中に背負った小さなちぃだけが、大事な大事なお守りだった。

見ないよう、俯(うつむ)きながら足早に歩く。
なのに1匹の燃えかけた蛾が足下へ落ちてきて、行く手を塞いだ。
思わず足を引くと、草履の先っぽでくるくる円を描きながらもがいている。
「助けてくれ…」
正太にはそう聞こえた気がした。
ついに我慢していたものが爆発しそうになり、
正太はその場から駆け出してしまった。


「すいませーん。誰かいませんか? 道を教えてください」
暗く湿っただだっ広い玄関は、蛾がいないだけ増しだけど、
一歩中へと入り込むと、
緑の匂いと何かが黴(か)びたような匂いと、
年寄りの体臭が混ざったような匂いがして、
やはり長居はしたくない。
「誰かいませんかぁー…」
ずっと大声を張り上げ続けた。
一向に返事は返ってこないが、人の気配は確かにするのだ。

暫くして、蚊の鳴くような声がした。
最初は気のせいかとも思ったが、
耳を澄ますと、何かを必死になって話し合っているようにも聞こえる。
耳の近くだが、遠く小さく聞こえる声だ。

(気のせいだ、気のせいだ…)
正太はそればかりを呪文のようにくりかえす。
けれど声は、段々意味を持ってくる。
決して聞いてはいけない言葉だ。




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お山のむこう(全8話) | 20:58:36 | Trackback(0) | Comments(0)
お山のむこう 第五話
「ちぃ、これからちぃは、右だけを見とけ。箸もつ方だぞ。
それで道があったら、兄ちゃんに言うんだ。いいな」
「うん」
ちぃが右を、正太が左を確認しながら歩けば、
道に迷ってしまったとしても、
今度こそ別の道へ行けるはずだ。
そうして二人がまた暫く歩いてゆくと
一件の家が見えてきた。
正太の村にはないような、とても立派なお屋敷だ。

塀の内側からは、ゆらゆらとした篝火の光が、
まるで生き物のように闇に泳ぎだしていた。

正太は躊躇った。
こんななりをして入っていったら、
物乞いと間違われて門前払いを喰らうかもしれない。
恥ずかしい思いはしたくないし、怖い思いもしたくない、
結局は行くしかないのだけれど……。
眠ってしまって、声を出すことも出来ない母さんの代わり。
正太は、ちぃを負ぶって後ろで組んでいた手に、力を込めた。
「ちぃ。
兄ちゃんたちは、もしかするとこのお家の人に怒られるかも知れない。
だからちぃは今から寝たふりしとけ、いいな」
「怒られるの?」
「ん、もしかしたらだ。夜中だからな」
「ちぃたち悪い人じゃないのに?」
「だからもしかしたらだって。
ちぃは兄ちゃんが良いっていうまで目ぇつぶっとけ」
「分かった…」

左に回り込んで家の正面までいくと、大きな三門があった。
正太はちぃが目をつぶったことを確かめる。
よいしょと反動をつけ、ちぃを負ぶうと、
右側の僅かに開いていた戸口から屋敷に入っていった。




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お山のむこう(全8話) | 20:15:13 | Trackback(0) | Comments(2)
お山のむこう 第四話
歩いても歩いても頂上は見えない。
ちぃを負ぶったり、おろしたり。
正太は兄として、
弱音は吐けないが、
さすがに疲れが出てきていた。
「兄ちゃん…」
「もう少しだから…」
「兄ちゃんっ!」
「もう少しだから黙ってろ!」
正太はだんだん腹立たしくなってきた。
自分ひとりだったら、もっと楽なのに。
とっくにお山も越えていたかも知れない。
「でも…兄ちゃん…ちぃたちさっきもここ通ったよ…」
「同じように見えてるだけだよ、ちゃんと歩いてるから」
「でも、そこのお地蔵さま…さっきもみたもん」
正太の足がぴたりと止まった。

雲間からはお月様が顔を見え隠れさせていた。
月明かりに、今はちぃの顔がよく見える。
背中から降ろしてやると、
ちぃは、お地蔵様の前で行儀良く手を合わせた。
「お地蔵さまっていうのは似たようなのが沢山あるんだよ」
「ううん、このお地蔵さまだったもん。さっきと同じ衣だもん」
「………」
正太はにわかに不安になってゆく。
そう大きな山でもないのに、なかなか頂上に辿り着かないのも
おかしな話だとは思っていたのだ。
それにしたって、やっぱりおかしい。
ここまでくるのに
脇道らしい道はなかったはずなのに…。




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お山のむこう(全8話) | 19:53:55 | Trackback(0) | Comments(0)
お山のむこう 第三話
「ちぃ、母さんは?」
「寝てるよ」
「……ちぃ、今から母さんと留守番出来るか?」
「兄ちゃん、どっか行くの?」
「山の下にあるお医者の所へ行ってみる」
「母さん、病気?」
「うん。だから兄ちゃん急いでお医者を呼んでくるよ」

千里は父さんが帰ってこないことを思う。
もしもこのまま、兄ちゃんまで帰ってこなかったら
どうなってしまうのか。
幼心に不安が募った。
「ちぃも兄ちゃんと一緒に行く」
「ちぃ…山の下までは遠いし、とっても急いでるんだ。
だからちぃは母さんに付いてろ。
母さん1人にしたら、可哀想だろ?」
「やだ、ちぃも行く」

夜のお山は暗かった。
お医者のいる山の麓は、正太たちのいる村の反対側だ。
まずは登って、それから降りる。
「兄ちゃん、ちぃ眠い…」
案の定、妹が音を上げてしまった。
だがあのまま家に置いてくる訳にも行かなかった。
母さんはたぶんあのまま目覚めることはないだろう。
本当は正太にも分かっていた。
けれど助かって欲しいと、僕らの為に生きて欲しいと
祈っているのだった。
もしもあの場にちぃを独り残してきて、
母さんが途中で息を引き取ってしまったら、
ちぃは自分を探して家を飛び出てしまうかも知れなかった。
「ちぃ、もう少ししたら頂上だから。そこまで頑張ろうな」
「ん」
草鞋ひとつで足先は冷え切っていた。
加えて山を登り切るのは、ふたりとも初めて。
正太とて不安で胸は張り裂けそうだった。




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お山のむこう(全8話) | 22:10:00 | Trackback(0) | Comments(0)
お山のむこう 第二話
村に住んでいるのは、みんなが親戚だ。
けれど父さんが帰ってこなくなってからは、
誰も母さんとは仲良くしてくれない。

正太は迷った。
それでも母さんの為なんだ。
一番近い三郎さんの家へ勇気を出して行った。
「母さんが変なんだっ…おばさん助けてっ!」
「ミツさんがどうしたって?」
「僕たちに唄を歌っているうちに、急に寝ちゃったんだ。
夕方頭が痛いって言ってた。今はイビキかいてる…」
「………」
横で聞いていたおじさんが、おばさんに向かって首を横に振った。
「正ちゃん、お母さん疲れてただ眠ってるだけじゃないのかい?」
「違う…坂下のおばさんが言ってたのと同じだよ、
ヨネさんの所のおじいちゃんが死んだ時と同じなんだ」
するとおばさんは、大仰なため息をついた。
「そうだとして…私たちに何が出来るね…医者じゃあないんだ。
だいたいお医者にかかるようなお金が何処にあるんだい。
可哀想だとも思うけど…
正ちゃん、早く家に帰って最後まで母さんの側にいてあげな」
正太には分かった。
おばさんは、母さんを諦めろと言っている。
嫌だ、母さんは死なない。
おじさんやおばさんよりもうんと若いんだし、
僕もちぃもまだ子供なんだ。
親は子供が大きくなるまで死なない…!

正太の目には涙が浮かんだ。
目の前にいる大人に縋り付きたい。
縋って、この不安を泣いて晴らしたかった。
頼る人がいないという、初めて味わう恐ろしさに、
正太の胸が軋んだ。
僕が何とかしなきゃ、僕が母さんを助けるんだ!
正太はおばさんを睨み付けると、
全力疾走で自分の家へと引き返した。




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お山のむこう(全8話) | 22:07:00 | Trackback(0) | Comments(0)
お山のむこう 第一話
正太は数えの9つ、千里はこの秋で6つ
父さんは働きに行ったまま帰ってこなくなり
残った母さんが女手一つで正太たちを育てていた。

その母さんが、夕方から具合が悪くなった。
夜、正太と千里を布団に寝かしつけ
子守歌を歌っている途中で、
「正太…悪いんだけど、千里頼むね…」
そう言ったきり、その場で眠ってしまった。

どうしたんだろう、こんな所で居眠りするなんて
母さんらしくない。
正太は揺すった。
「母さん、母さんっ…こんな所で寝たら風邪ひくよ」
それでも母さんは起きなかった。

正太は思い出した。
村のおばちゃんが言っていた。
「ヨネさんとこの…昨日急に亡くなったんだってね。
 頭が痛いってその場に倒れ込んだと思ったら
 物凄いイビキをかいたってねぇ…」
母さんもイビキをかいている。
誰か大人を呼びに行かなきゃ。




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お山のむこう(全8話) | 21:15:00 | Trackback(0) | Comments(0)
黒の館
激しい音がする。

黒い闇の彼方
北の山から吹き下ろす風が
屋敷全体を叩き、揺さぶる音だ。

犬は吠え、
猫は姿を隠し

そして女は
白いネグリジェ姿で
鏡に向かっていた。

予告なしの
慟哭のような雷(いかずち)が
時折闇を引き裂いては、
女の思考をも 真っ二つに切り離していった。

女は手に持っていた手鏡を
ドレッサーの上に置くと、
飼い猫の姿を探し出した。
主を呼ぶ哀れったらしい鳴き声が、
今も耳に届いている。

閉めたはずのドアが、僅かに開くと、
ビロードのような光沢のある黒毛が、滑るように入り込み、
ガラスのように透過して光る青い瞳が、
こちらを見ていることが分かった。

猫はペットというよりも、豹に似ていた。
一直線に女へと向かって歩く姿が、
酷く美しい。

女が優しく舞うような仕草で手を差し伸べると、
猫はそれに応え、
尻尾を女の足下に絡めながら
ゆっくりと、勿体をつけ女の周りを半周回った。


ひと際耳をつんざく雷鳴が
森を、山を、村全体を脅かした。

今のは、
何かが割れたような音…、
いや、何かを引き裂いたような音?
凄まじい爆音だった。
直ぐ近くの樹木にでも落ちたのだろう。
地響きすら生じている。

一瞬だが、女は辺りが無音になったと感じていた。
あまりの音量に聴覚が麻痺したのである。
それが証拠に、
火が点いたように吠えまくる犬どもの声が、
まだ止まぬ雷の音が、
初め膜が張ったように霞んで聞こえていたのが、
やがて崩壊したダムの如く、
勢いよく耳の奥へと雪崩れ込んできたのだった。

女は不安そうに窓の外に目をやった。

落雷の音が窓ガラスを不気味に震動させながら、
気が遠くなりそうなほど長く響き渡る中、
その響きが完全には消えぬうちに、
また直ぐ次の雷が光を放っている。
ドレッサーの上に置いた手鏡は、
それらを隈無く映していて、
反射した光のひとつが女の目を射った。

女は目を眇めて、
手鏡を裏返しに掛かる。

祖母から譲り受けた、燻し銀の重たい手鏡は、
裏返すと、
マーマン(半人半魚)と少女の姿が、
重厚な、ややもするとおぞまし気な意匠で
装飾されていた。

女はそれを幼子のような手で塞いだ。
第一関節にすら深い皺のない、
一見蝋人形のような、
しっとりとした透明感をもった手。
昼間は読書と絵画とピアノとダンス、
それと一般教養を嗜むだけの、
暮らし向きという意味では、一切の苦労を知らない彼女は、
手が物語っているように、内面もまた少女のままだ。

マーマンと少女のゴツゴツとした装飾部を掌で塞ぎ、
女は、今は亡き祖母の温かな思い出に触れ始めていた。

女の家族は10年前には粗方亡くなっていた。
流行病だった。
全身の肌が呪いにかかったように黒くなり、
当時村の者はこの館を恐れ、
家族の遺品はその頃にすべて焼かれてしまい、
もう殆ど残っていない。
それでも去年までは後見人である伯父の家にいたから、
寂しさを紛らすことができた。
この春館に戻ってきたことで、
初めて自分が本当に独りになってしまったことを
実感したのだった。

繰り返し繰り返し女は手鏡を撫でた。
祖母がマーマンの作り話を話して聞かせてくれたあの日が、
夢のように、女の心を包み込んでくれる。
傍らで鳴く猫の声が、構って貰いた気に一層尾をひいていたが、
女は一時の安らぎに浸る方を選んだ。

胸の中すら暖まるような、祖母が自分の名を呼ぶ声が甦った。
お転婆遊びをすると決まって巻き毛を整えてくれた、ふっくらとした掌の温もりも。
抱きしめられた時には、いつも春風のように優しくそこにあった香り…。
もう皆いないのだけれど、
こうして思い出す間だけは、確かに皆ここにいる。
マーマンが何だと言っていただろうか…
祖母があまりにも神妙な顔をして見せるのが、子供心にやけに可笑しく、
笑っていたことを思い出した。
女の手に、大きな掌が重ねられた。
若い男のものだった。
色白で血管が透けて見える、大きくて肉厚な掌。
女はその片手に両手を収められてしまうと、
身体が竦み上がり、
男の、しっかりとした太さのある、長い指先を凝視するだけで
精一杯となった。
そこへ顔を近づけられ、更に怯えが走った。

脳裏に一枚の古い絵画が浮かぶ。

ホール正面、
階段の踊り場付近に今も飾られている
この館の何代目かの当主の肖像画に、
男は酷似していた。

肖像画の中で、男の脇に置いてあったサロンテーブルに、
今自分が手にしている燻し銀の手鏡が置いてはいなかったか。
そしてあの絵にも黒猫が描かれていたが、
これまた今自分が飼っている猫と似ている気がした。
若い当主の肖像画としては、
手鏡も猫も不釣り合いだと、見る度に思っていたのが
今頭のどこかで納得し始めた。


男の手が女の頬に掛かった。
振り払おうとする女を制して、
真っ直ぐに眼を向けるよう促す。

女は全身の血が沸騰してしまいそうな
眩惑と恐怖と微かに芽生える情欲の直中で、
嵐に怯える野鳩のように震えた。

男の目が放つ光が強くなる。
女は鳥肌をたてながら、それを見た。
男の瞳に映る自分を見た。

薔薇色の、形がよく整って引き締まった男の唇が動いた。
声はない。
でも確かに言っている。
女へ、
「come with me…」と。




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夢路(short-short) | 23:30:19 | Trackback(0) | Comments(0)

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