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shio

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福袋
大晦日、夫は仕事で出掛けている。
高木家のリビングで依子は、独り暇つぶしにテレビを点けていた。

「都内××デパートの今年の福袋目玉商品は、なんと、
サン様と豪華ディナークルーズデート券ですよ。
いよいよ明日ですねー」
「おばさま方が殺到しそうですね」
「そうなんですよ。
常識で言ったら50万、100万って物凄い高値が付きそうなんですが、
今回はなんと、サン様のたっての希望ということで、
5万円の福袋でくじ引き、という事らしいですよ」
「そう、その5万円の福袋、
ハズレでも商品は10万円相当の商品が入っているそうで、
しかも販売数が他の福袋の倍用意されていて、
売り上げの5%は寄附に当てられるっていうんですから、あなた」
「さすがサン様ですねー」


「ふん、何がさすがサン様よ…売れなくなってきたってことでしょーが」
依子は鼻息をひとつ吐いて、蜜柑の皮を剥き出した。
『たのむから××デパートの福袋だけは買うなよ?!
いいか? 5万円の奴だからな。あれだけは何があっても絶対買うなよ』
夫は出際に依子に念を押した。
「ハイそうですかって、直ぐに引き下がるような依子さんじゃありませんよっと」
仕事が開けてからは飲み会だと言っていた夫の言葉を思い出した。
つまり夫の帰りは、どう見繕ったところで明日の昼過ぎになるだろうことを、
時計を見ながら確信した。
「えっらそーに…こうなったら、買いに行ってテレビに映ってやる!」
ここの所夫の浮気が原因で夫婦喧嘩をしていた依子は、
浮気をした分際で頭ごなしに人に命令するなど、言語道断!とばかりに、
友人の千佳に早速電話し、明日朝イチで向かうことにした。

デパートの前では割合早くに整理券が配られた。

整理券にくじ引き券とは、
落ち目のタレントの癖になんとも仰々しいものだと、依子は内心舌を出した。
「ねぇ、でもホントに来て良かったの?」
「いいのよ〜、どうせバレないんだから」
「でもねぇ…」
「さ、行くわよ」
数十人単位で分けられ、順次入店してゆく。
いよいよ依子たちの番になった。

入店をいくら整理しても、まだ買い漁っている客が残っているから、
結局中は、たいへんな混雑である。
しかもテレビの取材も入っていた。
「ねー…どの辺狙う?」
「テキトーよ、テキトーとにかく掴め!」

千佳は3袋、依子は2袋ゲットした。
あとはくじ引き券を確認するだけだ。


「……当たった……」
依子が小声で呟いた。
「嘘っ…」
千佳は呆然としている依子の代わりに手元のチケットを確認した。
やはり当たっている。1等、サン様と豪華ディナークルーズデートが。
2人の顔色は急速に青褪めていった。

「この人当たったんだってよー」
「え。どこっ、どの人…」
ふたりの微かなつぶやきに、まわりの主婦たちが直ぐに反応した。
最早逃げ場はない。
「依子……」
同情一杯の千佳の声も届かぬまま
依子は、見知らぬ主婦やデパートの店員らに誘導されて
あれよあれよという間に、特設ステージへと押し上げられる。
「おめでとうございます、1等サン様と豪華ディナークルーズデートです」
キャーとかイヤーとか、主婦等の黄色い声が飛び交う中、
異常に明るいテレビ取材用のライトを浴びた依子は、
ひとり困惑していた。

『いいか? 5万円の奴だからな。あれだけは何があっても絶対買うなよ』
夫の言葉を思い出していた。
(買った……当たっちゃったよ……どうしよう賢ちゃん……)

マイクを持った進行役の男が依子に向かって、話し出す。
「それではお客様、
個人情報ですのでお名前の発表はご本人さまのご意志にお任せいたしますが、
まずは身分証明となるようなもの、お持ちですか?」
依子は言われるまま免許証を差し出した。
「失礼して拝見させて頂きますね。
えーっと…高木さん…高木さん、偶然ですねー、サン様と同性じゃないですか。
あ、今私言っちゃいましたね…スミマセン〜。
でも、おめでたい事ですし良いですよね。
スミマセン〜…興奮し過ぎてミスっちゃいましたァ」
場内大爆笑、白けた依子ただ1人を残して。

(そうですよ、私は高木依子ですよ。
しかも夫は高木賢三って言いますゥ〜!)
依子は心の中で叫んでいた。

サン様こと高木賢三は、
最後の独身イケメン俳優と言われているが、
実は極秘結婚しているのだった。その相手が依子である。

夫婦喧嘩中の依子は、想像してみた。
夫と赤の他人の振りをしながら
マスコミの前で、
さも嬉しそうに恥じらいながら
豪華ディナークルーズデートをする自分を……。
(もう、サイアク〜…!)

今回ばかりは、夫の言うことを聞かなかった事に、
後悔しきりの依子であった。




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夢路(short-short) | 07:25:43 | Trackback(0) | Comments(3)
上履き
中三の夏休みが始まる前、
突然、親友の美菜が入院した。

小学生の頃は、幾度か入退院を繰り返していた彼女だったが、
ここ数年身体に不調があるなどとは全く聞いていなかったので、
正直私は驚いた。

「どーしよー…私受験ヤバイよぉ」
「大丈夫だって、いざとなったら何処でも良いじゃん。
私も同じトコ受けるし、勉強は高校行ってから二人で頑張るってことで、
大学受験で勝負しようよっ」
「ホントォー? 同じトコかぁ…楽しいだろうなー。 
でも沙耶は頭良いもん、やっぱりダメ、同じトコは無理だよぉ…」
「大丈夫、絶対一緒のトコに行くから」
何処へ行っても二人は一緒。
病室のベッドに寝かされている彼女を前にしても、
私たちは、どちらかの部屋に来て話しているようなつもりでいた。


どうしてこうも中3という時間は早く過ぎてしまうのか。
数週間はあっという間で、今日は1学期の終業式だ。
3−2の下駄箱に、美菜の上履きが残っている。
持って行ってあげようかとも思ったが、
美菜の家は父子家庭、
持っていったら、かえっておじさんの負担になるかも…。
私が代わりに持って帰って洗ってあげてもいいけど、
もしかおじさんが取りに来たら……。
そう考えているうちに、そこで思考は止まってしまった。


夏休みの間は、あまり見舞いに行けなかった。
受験生だからだ。
塾のスケジュールはハードだったし、
何より担任から、
美菜の病気は死ぬようなものじゃないのだから、
自分の勉強を第一に考え、
せめて見舞いは2週間に1回ぐらいになさいと、
釘を刺された。
母の監視の目もあった。

それでもなんとか時間を作って見舞いに行くと、
美菜は嬉しそうに病棟を走り回り、
待合い室の片隅で、一緒に缶ジュースを飲み、
私たちは美菜が片思いしている彼の近況や好きなアイドルの話をした。
美菜は元気だった。


新学期が始まった。
美菜の上履きは、結局あのままだった。
やっぱり私が洗ってあげるんだったと後悔しながら、
ふとあんなに元気なのに
何故退院できないのだろうことに疑問をもった。
だが2学期になると
進学校で有名な私たちの中学は、
1学期とは比べものにならないぐらい
受験一色になってゆく。
いつしか私の頭の中からも、美菜の病気のことは薄れていった。


十月にもなると、
朝から皆疲れた顔をしていた。
口を開いても、
お互い探りを入れるような会話ばかり。
こんな時、美菜がいてくれたら…と、
親友という、今空席になっている心の隙間を
私は3階の踊り場から、窓の外を眺め寂しく思った。
ここは見晴らしがいい。
学校の正門から住宅街を真っ直ぐに走る道路が、
なお視界を広げている。
視線の先に、一本だけ唐突に伸びている杉の木があった。
あそこはちょうど美菜の通学路にあたる所だ。
後少しでHRが始まる。
それでも教室に戻る気にはなれないでいると、
じわじわと上がってきていた気温が、
一瞬すうっと和らいだ。
風が窓から入り込んできていた。
「あ…」
杉の木を見ていて、私は分かった。

「2組の中川美菜が死んだってー」
割れそうな大声で誰かが叫んでいる。
それも、あたかも珍獣でも見つけたかのような
大はしゃぎの声音だ。
下の階からだった。
私は急いで階段を駆け下りた。
声が近づく。
その声の主は騒ぎながら階段を上ってきて、
私の目の前を通り過ぎようとした。
同じクラスになったことはないが、学年は一緒の女子だった。
私はその子の腕を咄嗟に掴んだ。
「何嘘ついてるのよ!」
分かっているのに、私は否定したかった。
その子に向けている感情が、八つ当たりだということも頭では充分理解している。
「ホントだって。嘘だと思うなら職員室に行ってみなよ。
黒板に書いてあるからっ!」
私はまた走り出した。
乱暴に職員室の扉を開けると、黒板の文字を確認した。


葬式が終わって、数週間もすると、
誰も美菜の話をしなくなった。
なのに下駄箱には、まだ美菜の上履きがある。
私は毎朝、上履きを確認してから教室へ向かう。

担任はおじさんに、遺物を渡さなかったのかな。
上履きだけ忘れてしまっていたのかな。
だいたい掃除当番のコだって、なんで担任に言わないのだろう……。
まあ良い、上履きだけでも残っていれば
まだ美菜が側にいてくれているような気がする。
帰りがけ、私はひと目を忍んで上履きを撫でてゆく。

『お母さんが死んだのって、私が小三の時の×月×日なんだけど。
私、お母さんがいつも側にいるのが分かるんだ。
変なこと言ってるって思う?

誰も信じてくれないんだけど、
あれから毎月×日になるとね、肩が重くなるの。
お母さんが手を置いてくれてるんだって思うんだ。
だからちっとも寂しくないの。
沙耶って、そういった不思議な経験ある?』




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夢路(short-short) | 06:06:14 | Trackback(0) | Comments(4)