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少女の頃に聞いた、
荘子の「蝶の夢」の話。 
あれは確か、
荘子が蝶になった夢を見て目覚めた時に、
もしやこの今こそが、
蝶が荘子となる夢を見ているのでは…
と考える話だったか。

私は生理的に虫が大の苦手で、
絵で見るのすら駄目、
名前を聞くだけで鳥肌が立ち、
その嫌悪感は生活に支障を来すほどだった。

それなのに、
今私は蝶に生まれ変わってしまっている。

いざ自分が蝶になると、
この身体が
いかに綺麗であったか、
そしていかに性能の良いデザインであったかが
分かる。

風を受けて舞い上がる時の
私の優雅な様を見て欲しい。
たっぷりの鱗粉をまぶした羽は、
私たちの誇りである。
飛んで鱗粉をまき散らす時、
それこそ
自分が妖精にでもなった気がする。
毎日、
私は感嘆の声を上げながら
飛び回っている。
仲間からは失笑を買っているが…。
花に舞い降り、
閉じた大きな羽の鱗羽も、
とても繊細で、尚かつ複雑な彩色が
天から施されているのだ。
私の黒地に鮮やかな黄色い模様は、
どの花たちも酔いしれるほどの美しさ。
今私は、まさに宙を舞う芸術なのだ。

人だった頃
何故あんなにも
この身体を厭うていたのか
今となっては
不思議でならない。
永遠にこの身体へ宿っていたいと、
神がいるのなら、真剣に祈りたいのに…。


それでもやがて秋が来た。
美しかった私の羽は、
いつの間にか擦り切れて、
いよいよ天に召される時が近づいているのを
感じている。
こんなにも美しい蝶に生まれ変わったのだ
次こそは
さぞや美しい天国へ行けるのだろうと、
私は寒さに打ち震えながらも
夢をみる。


私は蝶のサナギ。
仲間の半数以上が
冬を待たずして息絶えた。
生き物は
虫でいる間だけ、前世の記憶が残っている。
だが一度動物になってしまうと
私たちですら
その記憶の一切は奪われるのだ。

ほら、
今こちらに近づいて来る
あの男だって
前世は蝶だった。
誰よりも蝶であることを
喜び、
よく飛び回る、
それはそれは美しい大きなアフリカキアゲハだった。

「おぃ…これっ…!」
「こっ…これは………。
サナギで見つかるなんて、なんてラッキーなんだ」
男たちは肩から鞄を降ろし、
私がつかまっている植物の側で
何やら荷を解き始める。
私には分かった。
この男は、あまりにも蝶の姿を愛するあまり
蝶のコレクターになってしまったのだった。
私は数分と経たないうちに、
捕獲されてしまうのだろう。

記憶を失うとは難儀なことだ。
私こそが、
この男が蝶であった時の、
母であるのに…。
よもやかつての息子の手によって、
命尽きるとは、何たる不運。

否、こうなることは
前から分かっていたことかも知れない。

息子は蝶になる前も
蝶になってからも、
そしてまた人間になってからも
形ある物しか愛さない性質であるところが
変わっていない。

形はそれこそ多種多様に変化するが、
形無いものは、永遠である。
そのことに息子自身、
あと幾つ流転すれば
気付くのであろうか。




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夢路(short-short) | 23:08:27 | Trackback(0) | Comments(2)