投稿日:2008-02-22 Fri
「嬉しくなかった?」「……」
嬉しい?
そう考えただけで、頭の中は軽く混乱する。
イジメかイジメじゃないのか、
裏切られた時のダメージを考えると、怖くってやっぱり考えられない。
ぐずぐずしていると、井本は更に続けた。
「あーゆー時、俺だったらすっげー嬉しいけど……。
単純に考えてみろよ、あの時ちょっとでも嬉しくなかった?」
僕の胸の中には、一つのわだかまりがあった。
今もし僕がここで喜んでしまったら、身の程知らずと思われるのじゃないか、という恐れ。
川の音が、急速に僕の耳元に迫ってきた。
ちゃかぽこぼごここ…ちゃろちゃかぼごここ……。
水音は好きだ。
心が洗われるようで、聴いているうちに素直になってゆく。
「全員とは言ってやれないけどさ。
大半の奴は、前からみんなお前のことをイジメてるつもりはないんだよなぁ。
単純に、田中はカワイイって思ってるんだ。
カワイイから、からかいたくなるんだよ」
「……」
井本は説き伏せようとでもいうのか、更に言葉を慎重に選んでゆく。
「……でも、田中はそれが褒められてるとか可愛がられてるとは思えないん…だよな?!」
「うん…」
「それってさ、もしかして自分にコンプレックスもってる…から?!
何だかさ…いっつも攻撃されてるって感じてないか?」
「だって前イジメられたことあったし、
だいたい僕がカワイイ訳ないんだから…
そしたらやっぱり悪意なのかなって、そしたら…」
「だからさ、悪意を持った奴が一人二人いたとしてもだよ、
俺が見てる限りだと大半の奴らに、悪意はないの。
カワイイからからかってるんだって。
あー悔しいなぁ…
他の奴だったら喜んだり、喜ばないにしてもサラッとかわす所で
お前勝手に傷ついて、そんで周りを威嚇するじゃん。
かわいーねー…って褒めてくれてる奴に、田中はイジメないでって威嚇してる」
「………」
黙っていると、今までの悔しい想いが膨れあがってくる。
井本にまで食ってかかりそうになり、僕は必死に堪えていた。
「もっと自信を持てって。それでみんなといっしょになって笑ってれば良いんだって」
「………」
我慢しているところへ、どんどんどんどん入ってくる井本の言葉。
井本はイイ奴だ。
だけど僕の心情も、もう少し汲んで欲しいと思う。
一度だってイジメられたら、怖いんだよ。
記憶をすべて消し去って、みんなを無条件で受け入れられる程僕の心は強くない。
それを簡単に言ってくれる。
つづく


投稿日:2008-02-22 Fri
校舎の外へ飛び出し、僕はイタチを抱え川の土手までやってきた。ここなら姿勢を低くしていれば死角になるし、人も滅多に通らない。
僕はイタチの剥製を傍らに置くと、空を見上げて寝っ転がった。
「井本…何処か痛い所ない?」
「ん、ないよ」
それにしても大変なことになってしまった。
どうやったら井本を元に戻せるのか、僕には見当もつかない。
だいたい今日これからどうしよう……。
僕は剥製のイタチをそっと見た。
埃をかぶって古ぼけたイタチ。
当然だが生前の精悍さはそこになく、前脚を片方だけ上げたポーズが、妙な味を出していた。
『俺がいなくなったら、誰がお前をかばうんだよ…』
井本はあんな風に言っていたけど、寧ろ今の井本を守ってやれるの僕だけだろう。
本当にどうしよう……。
聞こえてくるのは川の水音、そして時折遠くの方で響く乾いた車の音だけ。
独りになりたい時によく来ているこの場所は、今日も僕を優しく迎えた。
考えたらみたら井本を連れてきたのだって初めてだった。
だってココは僕だけの涙置き場だったから。
「田中ぁ、さっき女子にカワイイって言われたの、あれイジメじゃないって解ったろ?」
井本が、こんな時に自分のことではなく僕のことを言い出したのには驚いた。
しかもいつになく真剣な声だったので、
僕は先程の光景を真剣に、落ち着いて思い出してみることにした。
あそこにいたのは、たしか同じ学年の女子だった。
僕が振り返った時の彼女たちの表情やしぐさはどうだったろうか。
……意地悪そうには見えなかったかも…。
……どちらかというと、いつも井本に向けられているリアクションに近かった?
いやいや、そんなことあるはずがない!
けれど思い出してゆくうちに、またふわふわした気分が僕を包む。


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