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投稿日:2008-01-19 Sat
篝火(かがりび)に蛾(ガ)が集まってきていた。炎に身を焼かれ、
めらめらと燃えては落ち、
そしてまた次の蛾が競うようにして寄ってくる。
正太はそれを見ながら、母さんの言葉を思い出した。
『正ちゃん、気持ち悪くても蛾は殺しちゃいけないよ。
蛾はね、寂しく死んだ人の魂が宿っているの』
山の蛾は大きな蛾だ。ゆうに正太の顔ぐらいの大きさはある。
羽の模様が目のようにも見え、ますます母さんの話と重なった。
玄関へと歩を進め、
篝火の前に差し掛かる度身震いがして、
背中に背負った小さなちぃだけが、大事な大事なお守りだった。
見ないよう、俯(うつむ)きながら足早に歩く。
なのに1匹の燃えかけた蛾が足下へ落ちてきて、行く手を塞いだ。
思わず足を引くと、草履の先っぽでくるくる円を描きながらもがいている。
「助けてくれ…」
正太にはそう聞こえた気がした。
ついに我慢していたものが爆発しそうになり、
正太はその場から駆け出してしまった。
「すいませーん。誰かいませんか? 道を教えてください」
暗く湿っただだっ広い玄関は、蛾がいないだけ増しだけど、
一歩中へと入り込むと、
緑の匂いと何かが黴(か)びたような匂いと、
年寄りの体臭が混ざったような匂いがして、
やはり長居はしたくない。
「誰かいませんかぁー…」
ずっと大声を張り上げ続けた。
一向に返事は返ってこないが、人の気配は確かにするのだ。
暫くして、蚊の鳴くような声がした。
最初は気のせいかとも思ったが、
耳を澄ますと、何かを必死になって話し合っているようにも聞こえる。
耳の近くだが、遠く小さく聞こえる声だ。
(気のせいだ、気のせいだ…)
正太はそればかりを呪文のようにくりかえす。
けれど声は、段々意味を持ってくる。
決して聞いてはいけない言葉だ。



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