投稿日:2008-01-16 Wed
「ちぃ、母さんは?」「寝てるよ」
「……ちぃ、今から母さんと留守番出来るか?」
「兄ちゃん、どっか行くの?」
「山の下にあるお医者の所へ行ってみる」
「母さん、病気?」
「うん。だから兄ちゃん急いでお医者を呼んでくるよ」
千里は父さんが帰ってこないことを思う。
もしもこのまま、兄ちゃんまで帰ってこなかったら
どうなってしまうのか。
幼心に不安が募った。
「ちぃも兄ちゃんと一緒に行く」
「ちぃ…山の下までは遠いし、とっても急いでるんだ。
だからちぃは母さんに付いてろ。
母さん1人にしたら、可哀想だろ?」
「やだ、ちぃも行く」
夜のお山は暗かった。
お医者のいる山の麓は、正太たちのいる村の反対側だ。
まずは登って、それから降りる。
「兄ちゃん、ちぃ眠い…」
案の定、妹が音を上げてしまった。
だがあのまま家に置いてくる訳にも行かなかった。
母さんはたぶんあのまま目覚めることはないだろう。
本当は正太にも分かっていた。
けれど助かって欲しいと、僕らの為に生きて欲しいと
祈っているのだった。
もしもあの場にちぃを独り残してきて、
母さんが途中で息を引き取ってしまったら、
ちぃは自分を探して家を飛び出てしまうかも知れなかった。
「ちぃ、もう少ししたら頂上だから。そこまで頑張ろうな」
「ん」
草鞋ひとつで足先は冷え切っていた。
加えて山を登り切るのは、ふたりとも初めて。
正太とて不安で胸は張り裂けそうだった。


投稿日:2008-01-16 Wed
村に住んでいるのは、みんなが親戚だ。けれど父さんが帰ってこなくなってからは、
誰も母さんとは仲良くしてくれない。
正太は迷った。
それでも母さんの為なんだ。
一番近い三郎さんの家へ勇気を出して行った。
「母さんが変なんだっ…おばさん助けてっ!」
「ミツさんがどうしたって?」
「僕たちに唄を歌っているうちに、急に寝ちゃったんだ。
夕方頭が痛いって言ってた。今はイビキかいてる…」
「………」
横で聞いていたおじさんが、おばさんに向かって首を横に振った。
「正ちゃん、お母さん疲れてただ眠ってるだけじゃないのかい?」
「違う…坂下のおばさんが言ってたのと同じだよ、
ヨネさんの所のおじいちゃんが死んだ時と同じなんだ」
するとおばさんは、大仰なため息をついた。
「そうだとして…私たちに何が出来るね…医者じゃあないんだ。
だいたいお医者にかかるようなお金が何処にあるんだい。
可哀想だとも思うけど…
正ちゃん、早く家に帰って最後まで母さんの側にいてあげな」
正太には分かった。
おばさんは、母さんを諦めろと言っている。
嫌だ、母さんは死なない。
おじさんやおばさんよりもうんと若いんだし、
僕もちぃもまだ子供なんだ。
親は子供が大きくなるまで死なない…!
正太の目には涙が浮かんだ。
目の前にいる大人に縋り付きたい。
縋って、この不安を泣いて晴らしたかった。
頼る人がいないという、初めて味わう恐ろしさに、
正太の胸が軋んだ。
僕が何とかしなきゃ、僕が母さんを助けるんだ!
正太はおばさんを睨み付けると、
全力疾走で自分の家へと引き返した。


投稿日:2008-01-16 Wed
正太は数えの9つ、千里はこの秋で6つ父さんは働きに行ったまま帰ってこなくなり
残った母さんが女手一つで正太たちを育てていた。
その母さんが、夕方から具合が悪くなった。
夜、正太と千里を布団に寝かしつけ
子守歌を歌っている途中で、
「正太…悪いんだけど、千里頼むね…」
そう言ったきり、その場で眠ってしまった。
どうしたんだろう、こんな所で居眠りするなんて
母さんらしくない。
正太は揺すった。
「母さん、母さんっ…こんな所で寝たら風邪ひくよ」
それでも母さんは起きなかった。
正太は思い出した。
村のおばちゃんが言っていた。
「ヨネさんとこの…昨日急に亡くなったんだってね。
頭が痛いってその場に倒れ込んだと思ったら
物凄いイビキをかいたってねぇ…」
母さんもイビキをかいている。
誰か大人を呼びに行かなきゃ。


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